第五章 新しい「発明提案書」へ変える
第五章 新しい「発明提案書」へ変える
1.従来の発明提案書の問題点
ほとんどの会社の発明提案書は、特許の専門家であるその会社の特許担当者が作成したものと思われます。その発明提案書のスタイルは、特許法の施行規則で定められた特許明細書の様式に合わせたものであろうことが想像できます。ここにいくつかの問題があります。
まず、そのような発明提案書で使用されている説明文には、法律用語や特許業界の慣用語が使われていることでしょうから、技術の専門家である発明者にはわかりにくい取っ付きにくいものとなっています。結果として、何を書いたらよいのかがわからず、様式だけを提案書の参考例をまねて発明の説明が十分になされていないものが提出されることになってしまいます。また、特許明細書の様式に合わせた発明提案書では、特許法施行規則第24条様式第29で規定されている【発明の詳細な説明】の記載方法に従い、
【発明の属する技術分野】→【従来の技術】→【発明が解決しようとする課題】→【解決するための手段】→【発明の実施の形態】→【実施例】→【発明の効果】という項目と順序を採用しています。
つまり、特許明細書の様式に合わせた発明提案書では、「発明の目的」→「発明の構成」→「発明の効果」の順序に説明することを求めています。
この記載様式をもって、「技術開発の過程をそっくり文章にしたら明細書ができ上がる。」(「特許明細書なんかこわくない!!」、山田康生著、(社)発明協会発行)といわれたりすることがありますが、すべての発明がこの順序にそって完成するものではありません。
たとえば、解決した結果が当初の期待した効果と異なってしまうことがあります。このような場合には、その解決手段と解決結果を他の目的に適用することで 新たな発明が完成することがあります。この場合には、「発明の構成」→「発明の効果」→「発明の目的」の順序に説明する方が自然です。
また、優れた効果を有する手段が確認できている場合に、その効果を有効に発揮できる新たな用途を見つけ出して、その用途に最適な解決手段を考え出すことで発明が完成することがあります。この場合には、「発明の効果」→「発明の目的」→「発明の構成」の順序に説明する方が自然です。
したがって、すべての発明を特許法が要求している特許明細書の様式に従って説明させることには、無理があります。前述したように、発明によってはその発明の完成過程が異なるため、特定された一つの順序では、書きにくいことがあります(「第1図 発明の完成過程」を参照のこと)。
発明提案書は、特許明細書の記載様式の順序に書くことに意味があるのではなく、特許明細書を書くための発明に関する情報を正確にかつ十分に記載することにこそ意味があるといえます。
そのためには、発明者が発明の内容を説明するのに抵抗のない様式の方が望ましいことになります。ここで紹介する新しい発明提案書は、どこから書いてもかまいません。発明情報として記載すべき「発明の目的」、「発明の構成」、「発明の作用」、「発明の効果」の四要素と、これらの下位概念に当る「従来技術とその問題点」、「具体例、変形例、応用例の構成」、「具体例、変形例、応用例の作用」、「具体例、変形例、応用例の効果」が記載され、それらの対応関係(整合性)が明確であればよいとします。
2. 発明の位置づけを意識した提案書
発明の価値とは、最終的には市場における価値をもって評価されるべきものと考えますが、その市場的価値はその発明の技術的価値と特許的価値が基礎となって生じるものといえます。
会社の特許担当者は、発明提案書の内容を検討することで提案された発明の評価をして、特許出願の要否につき会社に進言することが求められています。そのためには、発明提案書には、発明の技術的価値と特許的価値を評価するための発明の技術的な位置づけと特許的な位置づけに必要な情報が記載されていなければならないことになります。
従来の発明提案書は、特許法施行規則では、「特許を受けようとする発明に関連する従来技術があるときは、なるべくそれを記載し、その従来の技術に関する文献が存在するときは、その文献名もなるべく記載する。」(特許法施行規則第24条様式第29)というように、従来の技術の記載が必須条件としていないことから、従来の技術についての説明を重視していないものがありました。
これに対し、新しい発明提案書では、従来の技術の説明を必ずしなければならないものとします。それも提案された発明に最も近い従来の技術との比較において、新たに何が加えられたことで該当する技術分野におけるどのような位置づけがなされるかを明確にすることを要求します。この技術的な位置づけがなされていれば、その発明が特許化された場合には、結果的に基本特許にさかのぼってその特許発明が技術の流れの中で占める位置(特許的な位置づけ)がわかるようになります。
発明者自ら、自分がなした発明の位置づけができることが理想ですが、それが無理な場合には、必要に応じて該当する技術分野の従来の技術を特許担当者が提供することにより、それを支援すべきです。